FLYプログラムとは?
FLY Programは入学直後の一年生のみが申請できる1年間の特別休学制度として2013年度に始まり、今年度(2024年度)で第10期を迎える。欧米の大学で盛んな、入学前の学生が長期の海外旅行などを経験する「ギャップイヤー」と呼ばれる文化を制度化したもので、参加者は主体的に設定したテーマに基づき長期間にわたる社会体験活動を行い、大学側がそれをサポートする仕組みである。過去には、バックパッカーで世界一周や被災地でのインターン活動など、参加者によって国内外を問わず幅広い活動が行われている。
【プログラム応募に至るまで】
FLY Program(以下FLY)の存在は以前から知っていたのですが、公開されている情報から「入学前にやりたいことが決まっている人が使うプログラム」という印象をうけ、応募する気はありませんでした。しかし1年間の浪人生活を経た東大の受験当日に、周囲の受験生を見て何故か大学に通う気が失せてしまい、そんなときに前年度に入学していた友人に勧められ応募を決意しました。なので、最初は「何がやりたいのかわからないけど、とりあえず何かがしたい」というのが正直な動機です。
【1年間の活動テーマ】
しかし応募を決めた以上、FLY中に行う活動のテーマを設定しなくてはならず、まずは入学手続きと並行して、「自分は何がやりたいのか」、「どういった環境であれば、それが実現できるのか」という問いを立てました。そのなかで浮上してきたのが「アートコミュニティ」それも「アーティスト・イン・レジデンス」や「オルタナティヴスペース」と呼ばれる場所の存在です。
小さい頃から絵を描くことが好きで、中高生時代から美術館で開かれる現代アートの展示に足を運ぶようになっていた私は、入学以前から現代アートの制作に興味がありました。また単に作品の面白さだけではなく、作品が生まれた環境、新たな価値観を創造する場に対する憧れがあったことも事実です。そうした環境は、私が抱いていたような「何がやりたいのかわからないけど、とりあえず何かがしたい」というエネルギーが充満し、その「何か」に近づいてゆく力を持ったコミュニティではないかと考えたのです。
そこで、まずはインターネットで東京にあるアートスペースを調べて話を聞きに行くことにしました。そうしたスペースはいわゆる「オルタナティヴスペース」と呼ばれる場所で、この定義がまた曖昧なのですが、とりあえず「美術館や商業的なギャラリーとは一線を画し、アート作品の制作や発表を行うスペース」と言い換えることができるでしょう。話を聞くなかで、アーティストが滞在型のリサーチや制作を行うことができる「アーティスト・イン・レジデンス(AIR)」(以下レジデンス)の存在を知り、FLYのテーマを「世界各国のレジデンスを周りアートコミュニティ間の比較を行う」と設定しました。
【ベルギーでの縁】
その後、何度か顔を出したオルタナティヴスペースのイベントで、今のシーンでは「ベルギーとインドネシアが面白い」と聞いたため、「それなら、その国に飛ぼう!」くらいの軽い気持ちで目的地を決めました。7月頭にまずはベルギーのブリュッセルに向かい、そこで最初の居場所を確保するために大学のサマープログラムに通いながら、周囲のアートスペースにインターンやボランティアの募集がないか聞いて回ったのですが、上手くいかず、サマープログラム最終日にダメもとで向かった隣のアントワープという都市で、幸運なことにようやく滞在を認めてくれるレジデンスと出会うことができました。
そのレジデンスはアナキズムやクィアの要素が強く、コミュニティガーデンの運営やリソグラフと呼ばれる印刷技法を用いたZine(小規模な出版物)の制作、ノイズミュージックの演奏会や地域住民とのコミュニティキッチンを行うなど、まさに「何か」を始めるのに理想的な場所でした。そこでレジデンスアーティストとして迎えられた私は、改造された屋根裏部屋のようなところに住みながら本格的に創作活動を始め、ドローイング、写真、詩から、イベントの企画などに興味の赴くまま手を出しました。そして、それらをまとめたZineを制作し、FLY中の活動記録として同様のZine制作を継続してゆくことにしました。この頃から活動のテーマが「コミュニティ間の比較」から「自身の創作活動」に移ったように思います。というのも、周囲の人々と話していて、複数のコミュニティを渡り歩いて比較するのではなく、一つのコミュニティとじっくり関わらない限り見えてこないものがある、と感じたからです。実際、アントワープで滞在したレジデンスの人たちとはとても親しくなり、FLY以前は考えたこともなかったアントワープという都市との不思議な縁が生まれました。夏場になかなか沈む気配がない西陽を浴びながら、自転車で走りまわったアントワープの街並みは今でも目に浮かびます。そうして、あっという間に約2ヶ月の滞在が終了し、次の目的地であるインドネシアのジョグジャカルタ(以下ジョグジャ)へ向かいました。
【インドネシアでの創作活動】
道中フライトを逃すという惨事に見舞われながらたどり着いた灼熱のインドネシアでは、日本で知り合った現地出身のアーティストを頼りにレジデンスに滞在させてもらいました。余談ですがジョグジャでは洗濯機がある家は少なく、基本的に汚れた衣服はクリーニングに出すのですが、私はその代金をケチって炎天下で半裸汗だくになりながら手もみ洗いをしていました。(まさに「オルタナティヴ」ですね。) ジョグジャはオルタナティヴスペースが無数に存在し、それぞれが独自性を持って組織化や世代交代を行なっている点で世界的にも特異です。海外からのアーティストも多く滞在しており、そうした人々と夜な夜な集まっては中身のないことをダラダラと話し、たまにアートについて語ったり共同で制作しました。また当時私が作った、ジャワ語の単語に関する作品が、最初に滞在したスペースで開かれていた展示に出展させてもらえることになり、その作品に関するプレゼンテーションを行いました。他にも、ジョグジャでできた友人と撮影した実験映画の中でオノ・ヨーコに扮して軽トラの後ろに乗り、山羊の群れに餌をやったことは良い思い出です。ジョグジャには3ヶ月ほどおり、現地の製本師に教えを乞いながら、エッセイなどをまとめた2冊目のZineを制作しました。
【ベルリンで味わったカオス感】
日本に帰国するまで、まだ2ヶ月ほど残っていたため一度アントワープに戻り、ジョグジャで出会ったアーティストとFLY同期を頼りにドイツのベルリンへと向かいました。ベルリンではテクノミュージックに目覚めて音楽イベントに足しげく通ったほか、芸術大学のスタジオを使わせてもらい、ジョグジャとはまた違ったカオス感に魅了されました。アートの観点で言えば、美術館やギャラリーなどが強い影響力を持っているものの、その枠におさまらない巨大なアンダーグラウンドシーンが存在することが特徴です。そのため「エスタブリッシュではあるが、それなりに間口が広い状態」が維持されているという印象を受けました。また、帰国の日が近づくにつれ強まっていた、日本で学生生活に戻ることに対する違和感を、FLY同期や周囲のアーティストと共有できたことは気持ちの整理につながりました。今でもそうした違和感は持ち続けていますが、その違和感を持ちながら送る学生生活というのも、アリだという気がしてきています。
【プログラムを終えて】
こうしてベルリンで二十歳の誕生日を迎えた翌日に、日本に帰ってきました。アントワープで始めたZine制作は現在も続けており、最近は「他人のおばあちゃんにまつわるエピソード」を用いて、認知症の祖母とのコミュニケーションを図るビデオ作品の制作を行っています。今後、もちろん興味が続く限りアートと関わってゆくつもりですが、もし他に大切なことが見つかれば(というか最初に書いた「何か」の気配がしたら)、そちらの方向にポンと飛び込める軽やかさを持っていたい。つまりFLYでやっていたようなことを一生やり続けたいのだと思います。
【著者プロフィール】
細井昇平
2023年 東京大学文科一類入学
2023年 FLY Program 参加
